RYU-JI社長のブログ

月別アーカイブ: 2017年5月

姫路の電気工事の会社、電気屋さんは本当に多い~ITSのネーミング~

皆さん、こんにちは(^^)

今日は、入札をする為の手続きの時にふと思い出したことがありましたので書いております。姫路で電気工事を営む会社は、どれくらいだと思われますか?残念ながら多いことは知っておりますが数は知りませんm(__)m。私の知っている姫路の電気屋さんとして屋号がある方は約20社ぐらいです。このうち、お付き合いのある会社は5社です。

IMG_1242[1]***新調したヘルメット***

独立するときに、会社の屋号を考えておりました。○○電気工事、○○電設、○○電気工業のように色々と考えたのですが、ITSとなりました。Industry and Technology  Service これが会社の名前になるもとです。産業と技術のサービスをという意味で屋号を決めました。将来、奥さんが雑貨屋さんをする機会があればスポンサー名が露骨になるのも嫌だと言うのでモダンな名前をと考えたものです。後は、当時の仲の良い友達(大阪の土建屋さん)が会社の経営に途中から参画したいとのことでしたのでそれも含めてこの屋号になりました。結局、彼は保険屋さんとして独立しましたが。。。。彼もまた、奮闘中です。

会社設立後、ある現場で以前の会社のお客さんと偶然一緒に仕事をすることにまりました。その時に「会社の名前これどういう意味?」と聞かれ前述のとおり答えたら   「インチキテクニックサービスやろ?」と…..うまいこと言われました!!!後日、いろんなところで使わせていただきました。そのおかげで、お客様に可愛がっていただいております。また、この屋号では何の会社なのかわからいとも言われましたが最近、電気屋の知り合いが個人事業から法人格を取得するときに2社は同じようなアルファベットの屋号に変更しました。多分、私どもの会社に憧れてのことだと思います。(冗談です)

言いにくい名前ですが、今はお客さんからしっかりと言って頂いております。これは社員が現場でよく頑張っている証拠だと思います。これからも30周年目指して社員一丸となって頑張りたいと思います。とりあえず、15周年を実現します。

出張です(^^)私の第1回目のターニングポイント!!

今朝から弊社の社員3名が茨城県の鹿島に出張です(^^)。

先日、社員が紹介してくれたお客様とも基本請負契約が成立し初の仕事となります。2週間の長い出張ですが笑顔で向かってくれました。頑張れ!!!!文句も言わないで本当にありがとうございます。

前に勤めていた電気工事の会社で出張に行った時のことを書いてみようと思います。結婚して長男が生まれ2歳ぐらいだったかと思います。(現)新温泉町で仕事をしておりました。夢千代日記の湯村温泉です。最初に現地に入った時は雪が降っている日でした。メチャクチャ積もっててえらい所に来てしまったなと思いましたが長期宿泊した温泉旅館のごはんがおいしくて女将さんも優しく、一人で露天風呂に入れる良い旅館でした(白雲亭)ただ、毎晩の懐石は無理でしたので女将さんにいろいろとアレンジしていただきました。

この現場はメインの浄水場から送り出されている水を受け管理・圧送をしている建物、設備4カ所の更新工事でした。学校の敷地内にある管路のバイパス工事、数キロ先の村の中にあるポンプ場の更新工事、山の上にある配水池の計装品の交換工事、鳥取県に近い村での次亜注入装置の設置工事がありました。ここは水が奇麗なところで野生のワサビがあるそうです。学校の敷地内での管路バイパス工事では試掘をして管の太さを確認したのですが、サイズが違っていてどえらいことになったことも記憶にあります。冬場は雪かきから現場のスタート、雪に慣れている職人さんたちは手際よく作業されていたこともよく覚えております。そうこうしているうちに桜が咲き、田んぼが青くなり、収穫が終わり、雪がまた降り、桜が咲いて田んぼが青くなったころ、私が担当していたこの現場はいろんなことが重なり一時中断、工事が延期となりました。そして福知山・豊岡が台風による水害が発生しました。

災害復旧のお手伝いをすることを言い渡され、姫路のリース会社に早速手配をしました。トラックに発電機を積んで燃料満タンで貸してくださいと…..。手配が完了してから後輩と毎日姫路から豊岡まで往復しておりました。仮設材を搬入し現場の掃除、職人さんとの作業、そして先輩の緊急対策会議が終わるのを待って、姫路まで車に乗せてもらって帰ってくるを繰り返しておりました。この時、後輩はヘルニアになってしまいました。私たちが現場(下水処理場)に入る前の写真をみせて頂いたのですが、ボートで管理棟まで行っておられました。また、壁には水がここまで来たのが分かるぐらいに跡がついていたのを記憶しております。現場復旧の段取りが落ち着きだしたころ、私は先輩とケンカになってしまい、これが原因で後日、会社を辞め独立することになるのですが…..。この帰りにカミさんに電話で「会社辞める」⇒「えんちゃう」この続きは前に書いた通りです。

人生において、ターニングポイントは必ずあります。いいことも、悪いことも。その時自分がどうしたいのか、何をしたいのか目的を持ち、目標をたてやることが必要になります。私の場合は社長になることが目的で目標はあまりありませんでしたが…..。また、ある先輩から聞いた話ですが目的が変わると結果が変わる。この話はまたの機会にしたいと思います。

会社も12年目に入り、いろいろと変化が出てきました。

弊社で仕事をして11年(経験年数約30年)のベテラン職人が52才になり、彼が会社に来た時の年齢を自分自身が追い越しました。そうです、会社の平均年齢が上がってきたのです。また、前述に契約を交わしたと書いておりますが、このお客様の仕事のご縁で若い職人さんが1人入社してきました。それまでは平均年齢が39.4才でしたが37.6才に下がりました。アラフォーではありますが、嬉しいことです。

建設業界はいろんな会社があると思います。ただ、どこの中小企業も同じでしょうが若い方が少ないように思います。これからオリンピックに向けて沢山の仕事がありますがこのホームページを見ていただいた方々が応募していただけることを期待します。私どもの住んでいる姫路も今後期待できると思います。

長くなってしまった。。。。。。。。。。。